• Shinya Hada

『私の心の天気予報』翻訳記事①

本記事は"the Weather Forecast of My Mind- Oneness Qi for Mind - Body Medicine "(English Edition) Myoung Sook Kim の日本語訳です。①~⑪まであります。翻訳は葉田真也。

https://www.amazon.co.jp/Weather-Forecast-My-Mind-Medicine-ebook/dp/B00AVGK1ZC/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1540986300&sr=8-1&keywords=the+weather+forecast+of+my+mind


プロローグ

私が気のトレーニングとヒーリングの研究を始めたのは1991年からで、以来もう既に20年になる。私は当時テキサス州ダラスのパーキンス神学校で宗教学を専攻する学生だった。私の神学的関心は制度宗教(キリスト教)の範囲を超えて、全てを含み、そして全く差別や区別をせずに全てを含む(包み込む)一元の霊性に向かっていた。一元霊性は現実に存在する状況の中で実現されるものである。そして、その状況とはヒーリングが起こり、神が私たちのいる時の中に存在する状況である。全ての宗教は私たちの傷つき、失った真の人間性と完全な本姓を回復させる目的で、人間の心を変える為にある。

問題は、どうすれば私たちは心を変えることができるのか? ということである。東洋の哲学者たちと中世の修道院運動には心を変えて、悟りに到達する為の瞑想を実践する方法において共通点がある。しかし、西洋の修道士たちは、物理的存在である「生物的肉体」を無視し、一方で東洋の哲学者たちは精神、肉体、霊的統一と悟りを共に追求するという点において違いがある。その違いは人間というものに対する基本的理解のあり方の違いに端を発している。二元論として知られるキリスト教の人間理解では魂が真の自己で、身体は終わることのない欲求と罪の原因となる人間の低い部分であるということになっている。東洋の気の哲学者たちは精神、肉体、魂の三位一体が互いにつながり、影響を与え合っているという一元論で人間を捉えている。

人々は常に自身の欲求や感情に揺り動かされており、体内の気エネルギーの流れいの影響がホルモンバランスや、自律神経系統や、血圧、心拍数、免疫システムといった物理的身体に直接影響を与えているということを知らない。しかし、どのようにして我々は気持ちを落ち着け、平和な心を保ち身体に有益な変化をもたらすのだろうか? もし、我々が気持ちを落ち着ける方法を見出せば、そのとき、身体に気エネルギーの最適な流れを維持することができ、自律神経系統や免疫システムに有益な反応を作り出すことが出来る。瞑想は健康な体、精神、魂に基づいた感得と悟りに到達するためにある。このために、我々は気トレーニングを実践し、気持ちを落ち着け、体に気を集めるのである。それは、まさに自己治療であり、 ストレス関連の病気の進行を遅らせ、実際には後退させることの出来る、一種の予防医学である。それは、東洋の気医学の専門家により太古の昔から実践され、今、現代においては、現代代替医療専門家が蘇らせている。

賢者は病になる前に治療する:しかし、医者は症状が起きたときに治療する。この賢者の行う治療とは、症状が起きる前に心を治療する瞑想というものである。」東医宝鑑、1613年の計浚による韓国医学書

「一元の気の世界」は全ての人々が健康で幸福な人生を歩む目的で、気の管理と気エネルギーの共有を実践するために集まった人々による、世界的な共同体を作ることを模索している。「ヒーリング」が起こる場所ではどこでも、天の存在がある。そこは我々がその存在を人間として実践する場であり、我々の時代において「愛と生命」の霊性の中で信仰を 実践する場なのである。この文明化と気の共有は私が信じることを実践する方法(道)なのである。

1物質には心理と物理があると言う観点 2現実は一つの統一した有機的全体であるという観点

もし、彼らが気を遮断するものを特定して、体内のそれら遮断物を取り除き、気の流れの最適な状態を維持することを学ぶ気の管理プログラムを実践すれば、より多くの人々がストレス関連の病気から解放されるだろう。気トレーニングと気ヒーリングによる、気の管理プログラムは気を遮断するものの影響を後退させて、それらが身体症状に至らないようにする。

我々は霊的世界、物質的世界、そして人間界の波のネットワークの中に暮らしている。これらの世界は互いに絡み合い、影響を与え合っている。誰もこの情報-エネルギー体系のネットワークから逃れることは出来ない。どういうわけか、我々人間は宇宙からのその波を止める障壁を築いている。感情ストレスによる霊的停滞は我々を氣の流れを妨げるエネルギーの遮断物を創り出している。遮断された氣エネルギーの流れと氣の遮断物は感情的、精神的、肉体的レベルで不快感として表れる。精神と肉体は繋がっていて、それらの源は同じなのである。その源とは氣情報―エネルギーなのである。氣は感情的、精神的、肉体的情報の総体である。 

源とは光、氣、そして我々を治療し、我々の心を元の波長に戻す自然の波長である。光と自然の氣は全てを包み込む。全ては我々が自身の中に氣を遮断するものを持たなければ、受け取ることが可能である。光と自然の氣の源は「一元」であり、それは陰陽五行の起源である。我々は「一元」の波長にあわせることが出来るとき、元心を回復させることが出来る。このように、その元心回帰とは歪められていない、傷ついていない全体の人間性を光、氣、「一元」の波長を埋め込むことで回復させることである。我々は全てに繋がる元氣に繋がる必要がある。

1. 瞑想:精神の治癒

心を痛めている人々

「銃で撃たれたように」というタイトルの多くの人に愛される韓国の歌がある。その歌では壊れた心の苦痛と痛みが描かれている。この世で愛されないことから来る心の痛みを知らないものがいようか? 生まれたての赤ん坊でさえ母親の胸から引き離されることで傷ついている。人間は生まれてから死ぬまで愛されなければ傷つき、悲しむ運命にあるように思われる。信念へに対する脅迫的な関心は時折神の愛でさえ確認し、ある種の内面的不安を埋め合わせる事例もあるように思われる。

私はかつて、インターネットのブログで誰も「私を理解してくれない」という見出しを見たことがある。以下のように書かれている。「誰も私を理解してくれないと思う。心の中の短剣はもっと深く突き刺してきますが、私は死ぬこともできず、それを引く抜くこともできない。」

何が実際か? 銃や短剣があるのではなく、心が壊れた人は銃で撃たれたか、短剣で刺されたかのような痛みを絶えず感じている。この痛みはこけおどしや偽物であろうか。心が壊れた人の感じている痛みは実際のものと同じくらいに真実のものである。喩えそれが見ることも触ることに出来なくとも、それは架空のものではない。喩え物理的な事故や損害はなくても、人々は感情的、精神的痛みを感じ心から痛み、ショックを受ける。

こういう韓国の諺がある。「あらゆる病気は心から生じ、心がそれらを治す。」にもかかわらず、ほとんどの人はいつも、一つの精神体として体を考えるよりむしろ、精神的、感情的状態から切り離した体の健康を考えて、一種の架空の二元論が明らかにしている心と身体は別々に扱われるべきだとしている。病気は病原菌から来るもので、注射や薬によってそのとき治っていくものだと信じ込まされている。この理想と実際の真実との隔たりは大きい。現実には、我々は身体的痛みはもちろん感情的な痛みを経験している。しかしながら、 我々が治療のために積極的に研究する身体的症状を持つときがなければ、 一方で、我々が感情的な痛みや傷を乱せない。

これは我々が住む現代世界の逆説である。医療界では、人間は精神も心もない、あたかもよく機能する機械のように扱われる。故障したときだけ修理される、そのときでさえ、精神は考慮に入れられない。

我々人間は実際には喜び、怒り、恐怖、悲しみなどの感情の絶え間ない感情の変化の中で生きている。そして、生まれたその日から死ぬまで見えない力の影響を受けている。子供の心は彼らを導いて、育てるためにそばにいる両親に責任があるかのように大事にされている。しかし、育つにつれて、我々の心を扱う責任は我々自身だけになる。我々の社会では、人間は達成と効率に基づいて秩序付けられ、評価されるロボットのように扱われる。さらに、我々はまた、同じ基準で自分たち自身を評価して、それからそれをもとに失望し、不安になり、絶望に陥る。人々は感情と言うものは陳腐な、使い古された、あるいは、感傷的な歌の一行のように、弱い心を持った未成熟な人々だけが弱い心が問題に支配されて、打ち負かされた、弱い精神の兆候として捉えている。

この精神は感傷的な感情以外の何ものでもないのだろうか? よりよく理解するために、私たちは、「悟り」にたどり着くための心を鎮める一つの方法として多くの霊的伝統に強調されてきた「瞑想」に注意深く着目する必要がある。近年において、現代の医師たちでさえ、病気をストレス関連のものとして認めはじめ、今や、「瞑想」を、心を楽にして治療する心身の薬と呼ぶべき一つの手段として処方するかもしれない。

2 瞑想:心身医療

多くの科学的研究では、瞑想は心を鎮める方法としてだけではなく、脳機能や免疫システムに影響を与える心身の薬であることがわかってきている。今日では、医者は心臓病やエイズ、癌などの慢性的あるいは不治の病の患者に痛みを軽減したりコントロールしたりするのに瞑想の実践を提案するだろう。瞑想により、鬱、多動性、(ホルモンバランスの乱れが関連する)ADHD(注意力欠陥障害の人々が感情的にも精神的にもリラックスできるようになる。

医学名誉教授で、ストレス緩和病院(ストレスリダクションクリニック)とマサチューセッツ医科大学の医学、健康管理、と社会へのマインドフルセンターの設立長である、ジョン.カバ=ジン教授はストレス、不安、痛み、不快感への対処法するテクニックとしてのマインドフル瞑想を教えている。カバ=ジン教授はMSBR:マインドフルベースストレスリダクションと呼ばれるストレス軽減プログラムを作り、医療センター、病院、健康維持機構で行っている。

ジョン・カバ=ジン教授の瞑想に関する研究によると瞑想をしない人に比べて、瞑想をする人々のほうが血中の抗体がより多く作られていたことがわかっている。これらの研究では人間生活の質は瞑想によって向上するという。心身医療、心身相関医療、そして精神神経免疫医学は全て、どのようにして私たちの思考、感覚、感情、そして心的態度が私たちの体に影響を与え、身体の健康に現れるかを教えてくれている。医療科学は過去には主に体の症状に焦点を当てていたが、今は全体観的治療の、そして全体的つながりや、人間の身体的、感情的、精神的、霊的次元の相関関係をさらに比重を置いて考えざるを得なくなっている。

もしどのように心と体が互いに交流しているかを理解すれば、私たちは望むように自身をコントロールして開発することが出来る。私たちは皆、良いことであろうが悪いことであろうが自分の人生に起こることについて責任を負っている。私たちは考えや感覚を通して自分の経験を作ることが出来る。考えは現実を作り出す。健康は現実の物理的側面だけではなく、感情的、精神的、霊的領域でも同様に見られる。それゆえ、完成されるべき健康管理は人間の経験、体、心、魂の多次元を含むべきである。見えない精神と魂もまた磨かれ、管理されることで利益を得る。結局、健康と幸せは私たちが作るのである。心身医療と脳科学による最新の研究はどのように心と体が交流しているのかを説明している;ホルモンは情報を体の細胞に届ける神経伝達物質の役割を果たしている。このように理解すれば、なぜ、今日瞑想はもはや単なる古代の精神的鍛錬ではなく 生活の中でストレスを積み込みすぎている人々のための予防医療や自己治療手段なのかを知ることは簡単である。

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